NIROインタビュー



 みなと観光バスは、1991年の起業以来、一貫して「住民の皆様に寄り添うバス会社」として、地元の路線バス、コミュニティバスの開発・運行事業を担うとともに、運行中のバスから得られる様々な情報を収集するデジタルタコグラフ「ドコールシステム」を独自開発するなど、バス利用者の利便性の向上を第一に、先端の技術開発にも積極的に取り組まれています(当システムにつきましては、NIROも「ひょうご次世代産業高度化プロジェクト」を通じて支援させていただきました)。

松本浩之社長

みなと観光バス株式会社 代表取締役社長 松本 浩之(まつもと ひろゆき)様


「みなと観光バス」起業

―― まずは、御社の成り立ちを教えていただけますでしょうか?

 もともと、父が運送業を営んでいたのですが、若くして亡くなりまして、長男の私が会社を継ぎました。既に会社の経営状況が思わしくありませんでしたので、きれいに整理して、1991年に新しく立ち上げたのが今の「みなと観光バス」になります。最初は、その名前の通り「観光バス」、すなわち「貸切バス事業」を行っていました。バス5台からのスタートです。
 しかし、創業4年後に、あの阪神淡路大震災が起こってしまいました。この時は、「ああ、もうこれで会社はあかんな」と思ったのですが、予想に反して、その3日後から送迎バスの仕事が入り始めました。これは、鉄道などの公共交通が駄目になったものですから、企業送迎の必要性が高まったからです。このようにして、なんとか食い繋ぐことができました。


 

―― 起業直後から波乱万丈だったのですね。

 はい。しかし、ちょうどその頃から、貸切バスの規制緩和が進んできました。参入企業も増えて競争も激しくなりました。勝ち残るために増車するにしても、大型バスですから簡単なことではありません。結局、お金をたくさん持っている会社が生き残っていくのだな、ということが段々わかってきましたので、ちょっと違う商売を始めようかなと考えました。同じバス事業でも、他社の参入が困難な「路線バス」事業です。しっかりマーケティングを行った上で事業を進めれば、儲けもしっかりでるだろうと。


 

―― しかし、路線バスは、なかなか経営が大変と聞きますが。

 そうですね。だいたい、事業者のうち8~9割が赤字経営ではないでしょうか。しかし、私は今の会社を始める前、商社に務めていたこともあり、そこでマーケティング技術を一通り学んでいましたので、その点では自信がありました。兵庫県の「最先端技術研究事業(COEプログラム)」から資金をいただき、3年間の研究を経て、PSM(価格感度分析)などによる路線バスの需要予測手法を確立することができました。このようにして、路線バス事業に参入したのが、2002年になります。「六甲アイランド~阪急岡本駅南」と「六甲アイランド~三宮~新神戸」の2路線です。補助金などを一切いただくこともなく、運行経費だけで安定して運行することができました。事前にきちんとマーケティングを行ったことが、結果として得られたのだと思います。

 

―― 今の御社の姿に繋がる基本形ができあがったことになりますね。

 そうなりますね。そして、このようにして路線バス事業が軌道に乗った時に思いついたことがありました。バスや乗客の状態や動きを収集・分析することで、新しい価値を生み出すことができないか、ということです。

松本浩之 社長
 

住民の皆様に寄り添う

―― なるほど。この度、独自開発されたデジタルタコグラフ「ドコールシステム」への発想が生まれた瞬間ですね。このドコールシステムについては、後ほど、詳しく教えて下さい。 さて、社長が、いつも仰っている「住民の皆様に寄り添うバス会社」という言葉がとても印象的なのですが、神戸市東灘区住吉台で運行されている、コミュニティバス「住吉台くるくるバス」についてお聞きしたいと思います。

松本浩之 社長

 「住吉台くるくるバス」は、六甲山麓の住吉台を運行しているコミュニティバスで、JR住吉駅から4kmほど上った住吉台の北端までを約15分で結んでいます。この停留所間の標高差が約260mと大変な急傾斜地域となっており、地元住民の皆様の強い希望で誕生した路線です。この路線の誕生までの経緯をご説明しましょう。
 この地域は、1970年頃に作られた県営住宅・県住宅供給公社分譲住宅や、その後に分譲された民間住宅から構成されています。開発当初は、公共施設やスーパーがほとんど無かったので、外出には主に自家用車が使われていました。しかし、その後、住民の皆様の高齢化が進むとともに、阪神淡路大震災で被災した高齢者の皆様が県営住宅に入居された結果、バスの運行が強く求められるようになりました。そこで、住民の皆さまが、地元のNPO法人「コミュニティサポートセンター神戸」の協力の下、国の全国都市再生モデル調査事業として、弊社が小型バスで運行し、2004年の約2か月間限定で実証実験運行したのです。非常に短い期間ではありましたが、この試験を通じて、住民の皆様のバス運行への要求が益々高まりました。その結果、地元の自治会や老人クラブなどを中心に、「東灘交通市民会議」(座長:大阪外国語大学 森栗茂一教授(当時))が結成され、行政や弊社も加わり本格運行への議論が始まりました。

 

―― しかし、具体的な運行の検討となると、いろいろな難しさが出てきたのではありませんか

 その通りです。「全く新しい手法で公共交通を作り上げる」というコンセプトで、住民の、住民による、住民のための路線バスをつくるということで、住民の皆様100人余りの方と何度も議論を重ねました。議論だけではありません。実際に、住民の皆様と私達バス事業者が一緒になって、エリアを自分の足で歩きながら、運行ルートやバス停位置の現地調査を行いました。例えば、「自分の家の近くにバス停があるのは大歓迎、しかし、家の前は言語道断!」といったご意見も出てきますので、話は単純ではありません。そのような時は議論を尽くして解決しました。議論の場で私達バス事業者が強くお伝えしたのは「自分達の足は自分達で守っていただく」ということでした。これを深く理解していただき、関係者全員がそれぞれの役割を分担し、きっちり連携して進めていただいたことが、運行実現に至るポイントだった思います。このようにして、最初の実験運行から約2年を経て、くるくるバスの運行が開始されました。


―― この「住吉台・くるくるバス」は、住民の足としてしっかり根付くとともに、社会的にも、補助金に頼らない持続的コミュニティバスとして高く評価されていますね。

 

デジタルタコグラフ「ドコールシステム」の独自開発

―― さて、ここで、少し話題を変えさせていただきたいと思います。御社で開発されたデジタルタコグラフ「ドコールシステム」についてお聞かせ下さい。通常、このような情報システムは、既に世の中で販売されている商品をバス事業者が導入して...という流れが多いと思うのですが、敢えて、バス会社自身が独自開発しようと考えられたのは何故でしょうか?

ドコールシステム
   デジタルタコグラフ車載機 VR-1000

 バス事業においてもマーケティングが重要であるということは、先程も申し上げましたが、そのためには、バス運行に関わる情報を入手する必要があります。確かに、世間にはこのような情報を収集するシステムは市販されていますが、いずれも使いにくいのですよ。例えば、機能は確かに多くて良いのですが、その機能のうち実際に使うのは1割くらいじゃないでしょうか。また、既存システムでは、バス車両の位置情報の提供スピードが遅く、30秒に一回程度なので、弊社コミュニティバスでは停留所間の距離が短いため、正確なバスの位置情報の提供ができません。このような不満を解決するためには、「バス屋自身が使いやすいようシステム」を開発する必要があったのです。そして、本当に必要な機能だけに絞り込むことで、市販品よりも格段に安価、かつ、実用的なシステムを実現することができました。

 

―― このドコールシステムによって、どんなことがわかるのですか?

 デジタルタコグラフ1台を車両に装備するだけで、「車両の運行状況」に加えて、「車両の状態」「ドライバーの運転操作状況」「乗客の乗降状況」などの情報を、0.5秒毎に得ることができます。そして、特別なアプリケーションを使うことなく、既存のパソコンやスマートホンからインターネットブラウザを通して、これらの情報を見ることができます。また、「車両の運行状況」の情報については、オープンフォーマット「GTFS」を採用していますので、現在は、Googleマップに様々なバス運行情報をオープンデータとして提供し、遅滞なく反映させることができます。そして、これらのナビゲーションサービスの多くは多言語に対応していますから、日本語が苦手なお客様でも母国語で情報を入手できることもメリットのひとつですね。実際、六甲アイランドで運行している路線周辺では、留学生など多くの外国人のお客様がいらっしゃいますが、当システムの運用開始後、バスの運行状況を母国語でリアルタイムに知ることができるようになったため、バス利用者が急増しました。今後のコロナ収束後、インバウンドのお客様が戻ってきた際も役立つと大いに思います。操作についても、一般的な運行管理者でも感覚的に操作できるので、運行データの解析や、運転指示書の作成、日報の出力などの日常業務も容易に行うことができます。
(*)GTFS(General Transit Feed Specification):公共交通機関とナビゲーションサービスとの情報受け渡しのためのフォーマット。日本では、国交省により標準化が進められている。

ドコールシステムデモ
「ドコールシステム」開発担当の亀谷さんと共に
 

―― マーケティングの観点からは、このシステムにより、どのようなことができますか?

 バス停毎の、お客様の乗車・降車人数が逐一わかりますので、運行計画立案の際、減便・増便の判断が容易かつ確実になります。今までは、ドライバーの目で見た情報とか、不確かなものしかありませんでしたが、ドコールシステムにより365日の全データが得ることができるようになりますから。
 余談になりますが、システム名の「ドコール(Docor)」には裏の意味があるのですよ。
「どこ、おる?」(笑)

 

―― それは面白い(笑)更に、ドライバーの運転操作状況がわかるのであれば、ドライバーの運転技量評価にも使えそうですね。

 ドライバーの運転技術レベルを数値化するのはなかなか難しいのですが、将来的には、自動運転・自動走行技術の開発に、これらのデータを利用できるのではないかと考えています。また、運転手から得られる様々な運転操作情報(ビックデータ)を、研究用として様々な大学に公開しているのですが、このような連携により、ベテランドライバーの技術を新人ドライバーに継承していくための教育システムのようなものを作り上げたいと思っています。

 

―― 開発されたドコールシステムは、賞も受賞したそうですね。

 はい。りそな中小企業振興財団と日刊工業新聞社が主催する「第32回 中小企業優秀新技術・新製品賞」の「奨励賞」を頂きました。これは、「自らが開発した技術、製品を対象に、優秀性、独創性、市場性の3つの観点をもとに、中小企業らしさ、環境に対する配慮、社会的有用性など社会からの要請を考慮して選考」されたものです。大変光栄なことです。

路線バス
六甲アイランドから新神戸駅へ(三宮・新神戸便)
 

さらに将来を見据えて

―― 今、新型コロナ感染症の発生により、「人を運ぶ」という御社が担っておられる分野でも多大な影響が出ていると思いますが、このような社会状況に対する御社のご計画などありますでしょうか?

 日常のバス運行に関しましては、バスを利用いただくお客様の感染対策とドライバーの健康管理を何よりも大切な命題として取り組んでいます。実際のところ、コロナ禍のため売上が大幅に下落しているのは確かですが、お客様の大切な足である路線バスの運行を止める訳にはいきませんので、ここは企業責任として、路線が維持できるよう努力していきます。そのためにも、私共が開発したドコールシステムを駆使することで、各路線の利用状況などを日々正確に把握し、新しい路線の開拓も含め取り組んで参ります。例えば、新型コロナウイルス感染防止として、車内のソーシャルディスタンスを確保するため、特にバス利用者の多い地域であったJR住吉駅と六甲アイランドを結ぶ新しい路線を、8月26日にスタートしましたので、是非ご利用いただければと思います。

 

――  よくわかりました。これからも、住民の皆様に寄り添いながらバス事業を進めていかれるということですね。

松本浩之社長

 さらに長期的には、新しい「移動」のあり方を考えていきたいと思っています。コロナ禍で、強制的に人々の移動が抑制された結果、実は、移動しなくても済むことがたくさんあることがわかりましたよね。今までの我々の常識では、「いかに安心・安全・安価でお客様にバスを利用いただくか」ということに終始していましたが、コロナ禍のような外部要因のおかげで、人の移動に対する新しい常識が生まれてくるような予感がしています。当社も、このような常識に対して何ができるか、ということをしっかり考えて取り組んでいきたいと思います。その際は、NIROさんのご支援もよろしくお願いいたします。

 

―― わかりました。引き続きよろしくお願いいたします。
さて最後の質問となりますが、バス会社といいますと、365日、朝早くから夜遅くまでバスを運行されていますよね。そのような会社を経営されている社長さんのオフはどのような?

 基本的には、日曜日だけは休むようにしていますけれども、路線バスをやりだした頃は、殆ど休み無しでずーっと会社にいましたね。とうのも、私も含めて路線バス運行の経験を誰も持っておらず、やらなければならないことが山ほどありましたから。その後のドコールシステムの開発でもそうでした。単なる技術開発だけではなく省庁の認可対応も必要ですから法律の勉強も必要でしたし。まあ、あの時は、亀谷さんなど優秀な部下の助けもあり、なんとか開発を進めることができましたが。

 

―― 休みの時は何をされているのですか?ご趣味などは?

 犬の散歩に行っていますね。散歩は、毎日朝晩ありましてね。今は、ちょうど娘が家に帰ってきていますから、夜は娘が行くようになっていますけどね。それまでは、ずっと私が朝晩行っていました(笑)

 

―― そうですか、毎日しっかりリフレッシュされているのですね。安心しました。
本日は、どうもありがとうございました。

 こちらこそ、ありがとうございました。

 
松本浩之社長